夏目漱石の小説『門』(1910年、明治43)の中に次のような一節があります。
「指で圧(お)してみると、頸(くび)と肩の継目の少し背中へ寄った局部が、石のように凝(こ)っていた。御米は男の力いっぱいにそれを抑えてくれと頼んだ。宗助の額からは汗が煮染(にじ)み出した。それでも御米の満足するほどは力が出なかった。」
ここで、夏目漱石が「石のように凝っていた」と表現する以前は、「肩がはる」という言葉が使われていたといいます。
現在、「肩がこる」と「肩がはる」、どちらも使われていますが、固いものの代表としての「石のように」に続け、「凝る」を用いてその固さと辛さを「石のように凝っていた」と表現した漱石先生はさすがだと思います。
ところで、『門』が発表されたのが、1910年といいますから、この原稿を書いている2010年は、記念すべき「肩こり」100周年ということになります。
よく、欧米人には「肩こり」はないと言われています。
以前からそのことが気になっていたので、時々教会でお会いするカナダ人の宣教師に尋ねたところ、英語でも肩こりを表す「stiff neck」という言葉もあり、欧米人も肩はこるとのことでした。
でも、マッサージやはりという仕事柄、ときどき外国の人の肩に触れる機会があるのですが、そんな折に観察してみると、気のせいか私には欧米人に限らず外国の人は、あまり肩が凝っていないように感じてならないのです。
我々日本人がマッサージなどを受ける場合の一番の動機は何と言っても「肩こり」ですが、その点、欧米人などは、日本人ほど「肩こり」に悩んでいないように思えるのですが、果たして実際はどうなのでしょうか。
肩こりを経験した方ならわかりますが、とかく軽くみられがちな「肩こり」も、重症の場合はとても耐え難い辛さになります。
当院へ来られる患者さんでも、頭痛・めまい・吐き気を伴い、肩や首がカチカチ状態の方は珍しくありません。
肩こりは、同じ姿勢が長時間続くことで、肩・首・背中などの筋肉が持続的に緊張し、その部分に疲れが貯まることで起きます。
では、なぜ日本人は肩や首の筋肉を緊張させることが多いのか考えてみます。
その原因として、まず、几帳面で勤勉な国民性が挙げられると思います。
日本の優れた物作りの技術や優秀なサービスなども、几帳面で勤勉な性格から生み出されていると言えるでしょう。
そういう意味で、長時間労働やいやな職場環境をじっと我慢してしまう真面目な方は、ストレスが貯まり肩がこりやすいので要注意です。
日本人に肩こりが多い理由として、もう一つ思うのは、日本の文字文化です。
アルファベットなら横方向に読み書きしますが、日本では新聞など主に上から下に縦方向に読み書きします。
人間の目は左右横方向に並んでいるので、横文字を目で追うほうが自然で楽に読めます。
一方、日本語では縦に並んだ文字が多いので、目の周囲の筋肉、肩や首の筋肉が疲れやすくなります。
普通は意識しませんが、日本人にとって、文字の並び方だけでなく、文字の形状の複雑さもストレスになっているはずです。
漢字はアルファベットと違い、形状が複雑な上に似ている字が多いので、目をこらして判読することが多くなります。
その上、日本語の文章は、漢字、ひらがな、カタカナ、アルファベットなどが混じっているので、それらを瞬時に識別して頭の中で解読する作業が必要になります。
これら日本語独特の文字文化がもたらすストレスが、肩こりの要因の一つになっていることは間違いないでしょう。
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■水戸鍼灸院 院長 葛野隆紹
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